今回読んだ本
サマリ
想定読者は、組織で実測測定のルールを定める人・業績目標で定量評価を取り入れようとしている人・および業績目標の評価者で、
「目標達成のための効果的な測定ルールを設定する」、「測定ルールの背景(目的)を見失わなわずに仕事で成果を発揮する」などに役に立つ本です。
測定のあれこれ
測定のメリデメを語る前に、現代においてなぜこれほどまでに測定が流行しているのかを、米国・イギリスの歴史を踏まえて説明しています。
測定基準の繁栄の歴史
産業革命以降に、社会の規模が拡大し、相当な社会的流動性、民族的異種混交が見られる民主的社会になっていったことから、 権力への不信感がつのり、透明性への要求(測定と説明)が高まっていく。それにつれて他者への信頼に悲観的になっていくので、個々の最善の判断に基づいて行動することが許されなくなる。 そのような社会では、判断の基礎に(一見)客観的に思える基準を求めがち。なせなら数値的測定基準は透明性と客観性の印象を与えるから。 そういった背景のもと、もともと工場で用いられた測定が幅広い製造業に採用され、サービス業・教育分野にも広がっていった。
「この定量評価基準は無駄だなぁ。なぜこの基準が今も使われ続けているのだろうか?」と思うことが稀にあります。 この本では「測定執着」に陥っているから、そのような状態になるのだと説明しています。
測定執着とは
- それが実践された時に意図せぬ好ましくない結果が生じるにもかかわらず、以下信念が持続している状態
- 個人的経験と才能に基づく判断は、標準化されたデータ(測定基準)に基づく相対的実績という数値指標に代替可能であり、代替したほうが望ましいという信念
- 測定基準の公開(透明化)により、目的達成を保証できるいう信念
- 組織に属する人々への最善の動機づけは、測定実績に報酬や懲罰を紐づけることであり、報酬は金銭(能力給)または評価(ランキング)であるという信念
測定執着のデメリット
- 測定できることの大部分が重要ではない測定に多くの時間が費やされる
- 測定され報酬が与えられるものは改竄される
- 測定が効率的だという信念は、それをうまく機能しない場合が多いという証拠よりも強く印象に残る
- 説明によってのみ責任を果たせるという考えのもと説明責任が流行し、情報公開・可視化が強制され、より多くの文書化、ミッション記述書、目標設定が要求される
目標に対して測定がずれないようにプリンシパル・エージェント理論というものがあるそうです。
プリンシパル・エージェント理論
- 理論の概要
- プリンシパルとは主な経営主体(例:経営陣)、エージェントとは主な経済主体(プリンシパルのために代理で活動する人、例:従業員)
- プリンシパルの利益に反してエージェントが自身の利益を優先した行動を取ってしまうことがある、これを防ぐために、双方の利益を一致させるべき
- 理論をベースにした企業の対策
- 従業員の行動は監視・測定されなければならず、その測定は組織についての直接的な知識を持たない人間にもはっきり見えなければいけない
- 「エージェント」に動機づけをする最も効果的な方法は金銭的な報酬や懲罰であり、これは経験に基づく知識と人間同士の信頼に置き換わるもの
- 企業の利益は株価に応じたボーナス支給、ストックオプション制度
- 上記対策の代償
- 測定しづらい目標(善い行いを教える、世界に対する好奇心を掻き立てる、独創的な思考を育む)が軽視される
報酬は外的/内的に分類できるそうです。
外的報酬・内的報酬
- 外的だけでなく内的な動機づけも存在する
- 与えられた仕事の複雑さとそれがもたらしてくれる挑戦・好奇心・楽しさといった内的な精神的報酬
- 外的報酬(能力給、ボーナスなど)は利益創出が主目的の商業組織で最も効果を発揮する。それかあまり内的関心の対象にならない、組み立てラインで規格製品を作る場合などにもうまくいく
- ミッション重視の組織が能力給制度を設けて外的報酬を設定しようとすると、報酬に注目が集まってミッションが蔑ろにされる
- 組織のより大きなミッションのために働くことへの関心を失ってしまう
業界ごとの事例
測定のメリデメについて、大学・学校・医療、警察・軍・金融の業界ごとに事例を紹介しています。
事例は米国およびイギリスの政府の取り組みの歴史であり、自分の立場に置き換えようとするとスケールの大きすぎる話です。
事例だと測定ルール作成者(業界のリーダー層)が、測定対象者全員・および評価結果報告先の人々全員を把握するのは不可能であるケースが大半です。
いっぽう私の周辺での測定事例は、部門のKIP、チームメンバーの業績目標などです。 この場合、部員やチームメンバー間でお互いをある程度知っており、「測定基準を設ける人」、「測定基準に従って実績を出す人」、「測定実績を評価する人」、「評価を説明される人」、「評価によって影響を受ける人」の間でお互いの状況をある程度把握している環境です。 そのため、そこまで信頼関係を悲観する必要はなく、測定基準設定時に改竄を危惧したり、運用で改竄を監視したりは不要だとと思いました。
あと事例紹介の中で書かれていた以下の2つの考え方が印象的でした。
能力給制度が効果的な仕事
- こなすべき仕事が反復的・非創造的であり、標準化された商品やサービスの生産または販売に関するものである場合
- 仕事内容に関して判断を求められる可能性が少ない場合
- 仕事に内在的満足があまりない場合、
- 実質チーム全体ではなく、ほぼ完全に個人の努力に基づいて測定できる場合
- 指導(他者を手伝い、励まし、助言を与える)が仕事の中で重要な役割を占めていない場合
→私はシステムエンジニアとして働いていますが、能力給制度が効果的な場面はあまり多くはないかも?と感じました。
透明にすればよいというものではない、秘匿も大事
個人の考えていることが額にデカデカと書かれていて、見るものすべてに丸見えだったとしたら、 内面と外面の堺は消え失せ、それとともに個体性も消失する。 したがって、秘匿の可能性によって表現されるプライバシーは、人が自らを個体として定義できるまさにその能力を護るのである。 さらに自我は露出と親密度のさまざまな度合いを表現することによって特別な関係を構築し得る。 人は社会という空間の中で露出と秘匿を配分し、様々は距離や親密さを操作しながら生きているのだ
→スクラムの3本柱として「透明性」、「検査」、「適用」があるので、オープンにすること、透明性を高めることは善であると考えがちですが、 「個人」、「人間関係」という言葉が生まれる前提には、個として秘匿を持ち、別の個に対して秘匿と露出を調整することで関係を構築するということはもっともな話で、 何でも透明にすればするほど良いってことじゃないんだなぁと再認識しました。
測定のデメリット
本の後半で測定で陥りやすいデメリットをまとめています。 本の順番としては事例紹介→本セクションですが、こちらを先に読んでから事例紹介という順番でも良さそうです。
実績測定に内在的に有害なことは何もない。本書で「測りすぎ」と言及しているのは、人間の成功と失敗を定量化する類の測定である 内的動機とプロ意識に訴えかける形で用いられる場合は、測定は効用を発揮する。陥りやすいデメリットを以下に示す
- 測定されるものに能力を割くことで目標がずれる
- 評価される側は何のために指標を設定したのかを忘れて実績を上げることに集中しがち
- 目標全体のうち指標化されなかった様々な要素については達成しようと考えなくなりがち
- 短期主義の促進
- 遠い将来の目標については測定に時間がかかるし測定指標を作り出すのが難しい
そのため短期成果に集中し長期目線の目標はそっちのけになりがち- 測定コストが実務を圧迫
- 測定基準を設けて運用する際、測定にかかるコスト・実績を評価/説明するコストを忘れがち
- 「報告責任」によって、測定・評価・説明のコストはさらに大きくなり、本当にやりたい仕事の時間を奪う
- 効用の逓減
- 測定開始後は継続的にデータ収集・分析が必要で、次第にコストが増加し限界便益を上回る
- 規則の滝
- 測定施工後に起きた改竄・不正を止めるために組織は滝のように規則を作っては流し込む。その結果、組織の機能が鈍化する
- リスクを取る勇気の阻害
- イニシアティブやリスクを取る勇気をくじく。無難に慎重に確実にこなせる仕事を粛々とこなすようになりがち
- イノベーションの阻害
- 協力と共通の目的の阻害
- 目標が個々に課せられたなら、助け合うことはせずに、無視または邪魔したりする
- 仕事の劣化
- 測定にコストを割かれるので仕事の経験が劣化してしまう
- 新たに解決すべき問題という挑戦、新しいことに取り組む機会、未知の世界へと足を踏み入れるという興奮が得られない
実績測定を成功させるためのチェックリスト
デメリットの後にさらに実績測定の観点を纏めています。
実績測定の前提
測定は判断の代わりにはならない。測定は以下のような判断を要する
- 測定すべきかどうか
- 何を測定するのか
- どうやって測定するのか
- 測定対象の重要性を評価し、成果に報酬や評価を紐づけるべきかどうか
- 測定結果を誰に好評すべきかどうか
実績測定を成功させるためのチェックリスト
- 1. どういう種類の情報を測定しようと思っているのか
- 測定対象が人の行動に関するものであればあるほど測定の信頼性は低下する
- 対象である人間には自意識があり測定に反応することが可能なので、報酬・昇進が関係するとますます測定の正当性をねじまげる可能性が高くなる
- 2. 情報はどれくらい有益なのか
- 測定しやすさと重要性は反比例しがち
- 本当に知りたいことがあって、それを知る代用として何を測定しようとしているのかを自問すべき
- 3. 測定を増やすことはどれほど有益か
- 測定実績ははずれ値(極端に効率の悪い者など)特定に効果を発揮する
- 実績が平均または最高レベルの者を見つけるのにはそれほど役に立たない
- 測定が役に立つ != 測定を増やせばもっと役に立つ(「限界費用 > メリット」になる可能性がある)
- 4. 標準化された測定に依存しないことで生じるコストはどんなものか。実績について他の情報源があるか
- 5. 測定はどのような目的のために使われるのか、情報が誰に公開されるのか
- データが内部監視用か評価用か
- 報酬の対象となる目標が、測定される者の目標と合致している限りにおいては、報酬や懲罰に紐づけた実績測定は内的動機を強化に結びつく
- 6. 測定実績を測る際に生じるコスト
- 7. 組織のトップがなぜ実績測定を求めているのか聞いてみる
- 8. 実績の測定方法は誰が、どのようにして開発したのか
- 現場での直接の経験から来る暗黙知を持つ者に、適切な実績基準を開発する方法を提案してもらうのが良い
- 実績測定が機能するのは、測定される対象の人々が測定の価値を信じている場合のみだということ
- 9. もっともすぐれた測定でさえ、汚職や目標のずれを生む恐れがあることを自覚しておく
- 10. ときには、何が可能かの限界を認識することが、叡智の始まりとなりうる場合もある
- 問題の透明化が必ずしも解決策の第一歩ではない
- 透明性は厄介な状況をさらに際立たせるだけで、解決に貢献しない可能性もある
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